2008年07月21日
2008年06月05日
『千里山大正ロマン』電脳博物館
千里山メモリー

昨秋、関西大学博物館で学生により研究発表されて話題となった『吹田を知る』の中で、展示されたコーナー『千里山大正ロマン』のコンテンツがブログ『千里山大正ロマン』電脳博物館となりいよいよ開館されました。
詳しくは、「千里山ブラウズ」でもご紹介しています。
2008年05月22日
40年前の千里ニュータウン
千里山メモリー
明日24日と31日の朝7時半からサンテレビで放送される「ウルトラマン-大怪獣バトル」は、1966年に千里ニュータウンでロケを行った作品です。
建設中のニュータウンや新千里山駅などが登場します。
ビデオ予約しなくっちゃ。
きりん
建設中のニュータウンや新千里山駅などが登場します。
ビデオ予約しなくっちゃ。
きりん
2008年05月08日
千里山線の顔
千里山メモリー

新京阪鉄道 、P-4・デロ10形電車。
大正14年から昭和30年代の半ばまで、千里山線で活躍した電車です。
現在は阪急正雀工場に保存されています。
5月6日の「春の阪急レールウェイフェスティバル2008」で、久々に展示されました。

新製当時の姿に復元されたので、集電用ポールやヘッドライトの位置が往時をご存知の方の記憶と違うかもしれません。
でも木造の小さな車体は当時のまま。
現役時代の写真はこちら⇒⇒⇒

車体には新京阪鉄道のマークが描かれています。
千里山線開業当時の車両、北大阪電鉄のP-1形は現存しませんが、これよりさらに小さい車両だったそうです。

以前にも紹介した、やはり千里山線の顔だった、P-6・デイ100形と2ショット。
こちらは昭和48年まで走っていたので私も懐かしいです。
きりん
こっちも見てね⇒⇒⇒
2007年10月31日
昔の電車
千里山メモリー
2007年09月09日
2007年07月25日
文化堂から駅を望む
千里山メモリー

往年のレッチワース・ロードの風景です。
僕はこの写真を見せて頂き、千里山がより身近になったのを憶えています。
文化堂は現在三井のリハウスになっている角です。
『千里山70年のあゆみ』千里山自治会刊より
・千里山.NETの「千里山の歴史」も参考にご覧下さい。
2007年07月11日
一中への道
千里山メモリー

千里山第一噴水から一中方面へ続く道の、昭和初年頃の写真です。
石垣は今も残っているようですが、木立はほとんど無くなりました。
戦争中に燃料として切ってしまったのでは、と森教授は今回の講演で述べています。
『千里山70年のあゆみ』千里山自治会刊より
2007年06月25日
2007年06月22日
千里山の映画
千里山メモリー
先日、のらねこ商会さんの “千里山ホームページ掲示板 ”に、「千里山団地を舞台にした映画があった」という話題があがりました。
さらに、新珠三千代がロケに来ていたという情報もあり、調べてみたら、どうやら1961年宝塚映画製作の「女家族」ではないかというところに行き着きました。
この映画のあらすじには、ズバリ、千里山という地名が出てきます。千里山で撮影した架空の土地ではなく、千里山が舞台の映画、と解釈して間違いないでしょう。
原作は林芙美子の同名小説です。私は本を読まないもので、どんな作品かは知りません。映画化に際して千里山を舞台にした理由を知りたいものです。
昭和30年代の千里山、観てみたいですね。でも残念ながらビデオもDVDも出ていません。
さらに調べてみると、昨年の宝塚映画祭で、上映されていたようです。この情報をもう少し早く知っていれば観に行ったのにーーーー。
また、宝塚映画祭のサイトにむっちゃ気になるスチールが出ています。雑木林をバックに佇む家族。どこで撮ったんでしょう??。
余談ですが、同じ宝塚映画の “小早川(こはやがわ)家の秋” のラスト近くに葬式のシーンがありまして、そこに登場する火葬場を見ると、むかし高塚の墓地にあった火葬場-私が見たころにはもう使われてなかったようですが-を思い出してしまいます。
これはDVDが出ていますが、単にイメージが似ている、というだけのことですので。作品は名作です。十三の「夜来香」の広告塔も出てきます。

きりん
さらに、新珠三千代がロケに来ていたという情報もあり、調べてみたら、どうやら1961年宝塚映画製作の「女家族」ではないかというところに行き着きました。
この映画のあらすじには、ズバリ、千里山という地名が出てきます。千里山で撮影した架空の土地ではなく、千里山が舞台の映画、と解釈して間違いないでしょう。
原作は林芙美子の同名小説です。私は本を読まないもので、どんな作品かは知りません。映画化に際して千里山を舞台にした理由を知りたいものです。
昭和30年代の千里山、観てみたいですね。でも残念ながらビデオもDVDも出ていません。
さらに調べてみると、昨年の宝塚映画祭で、上映されていたようです。この情報をもう少し早く知っていれば観に行ったのにーーーー。
また、宝塚映画祭のサイトにむっちゃ気になるスチールが出ています。雑木林をバックに佇む家族。どこで撮ったんでしょう??。
余談ですが、同じ宝塚映画の “小早川(こはやがわ)家の秋” のラスト近くに葬式のシーンがありまして、そこに登場する火葬場を見ると、むかし高塚の墓地にあった火葬場-私が見たころにはもう使われてなかったようですが-を思い出してしまいます。
これはDVDが出ていますが、単にイメージが似ている、というだけのことですので。作品は名作です。十三の「夜来香」の広告塔も出てきます。

きりん
2007年06月18日
2007年06月07日
2007年06月05日
2007年05月25日
古地図を読んでみる
千里山メモリー
昨日の地図に現代の地図を重ねて、線路と主な道路、施設の位置をトレースしてみました。
古地図をデジカメで撮影したためか、多少のズレはありますが、大体の位置は合わせています。


駅は千里山駅、噴水は第一噴水、団地は千里山団地、寺は千里寺を指します。
南北に通る道は豊津からほぼ上の川に沿って上がってきています。千里山では電車の東側の道路にあたります。
駅の南側で道が左に曲がるあたりは現在と少し変わっているものの、その先第1噴水まではおおむね現在と変わりません。
でもその先の方角が若干違うようで、さらにロイヤルマンション周辺はルートがかなり変わってます。おそらく旧道はかなりな急勾配だったのと思われます。
駅の南側に戻って、左カーブから右手に細い道が伸び、現在の千里山佐井寺図書館の方へ向かう道は、大丸ピーコックの前に出る細い通りが昔の道のようです。
駅前の踏み切りは付け替わっている様で、昭和23年の航空写真と較べると、今よりも古地図の方に近い感じで、線路を斜めに渡っているように見えます。
もっと読み込むと別の発見がありそうですが、実際に地図を見ながら歩かないとわからないこともあります。いずれフィールドワークに出たいと思います。
きりん
古地図をデジカメで撮影したためか、多少のズレはありますが、大体の位置は合わせています。


駅は千里山駅、噴水は第一噴水、団地は千里山団地、寺は千里寺を指します。
南北に通る道は豊津からほぼ上の川に沿って上がってきています。千里山では電車の東側の道路にあたります。
駅の南側で道が左に曲がるあたりは現在と少し変わっているものの、その先第1噴水まではおおむね現在と変わりません。
でもその先の方角が若干違うようで、さらにロイヤルマンション周辺はルートがかなり変わってます。おそらく旧道はかなりな急勾配だったのと思われます。
駅の南側に戻って、左カーブから右手に細い道が伸び、現在の千里山佐井寺図書館の方へ向かう道は、大丸ピーコックの前に出る細い通りが昔の道のようです。
駅前の踏み切りは付け替わっている様で、昭和23年の航空写真と較べると、今よりも古地図の方に近い感じで、線路を斜めに渡っているように見えます。
もっと読み込むと別の発見がありそうですが、実際に地図を見ながら歩かないとわからないこともあります。いずれフィールドワークに出たいと思います。
きりん
2007年05月23日
2007年05月08日
2007年05月05日
2007年04月24日
2007年03月28日
幻の…
千里山メモリー

写真は会社の近所の飲み屋の、筍の煮物です。あっさりした昆布ダシが、う〜〜ん、んまいっっ!。
それで思い出したのですが、昔ある幼稚園(当時の千里山には私立の幼稚園しかありませんでした)の竹林の筍をお裾分けでもらったことがあります。とにかく即効で茹でて、軽く味付けしたののうまかったこと…。
かつては千里山の名産品で、缶詰工場まであった筍ですが、その竹林も今は町の背景をほんのり彩るぐらいの量になってしまいました。
いま一度あの筍を食べたいとは申しませんが、どこかに今でも千里山の筍を召し上がって、「あー、春やねぇ」と語り合う団欒がどこかにあればいいなー、と思っています。
きりん


















